麻生太郎氏の息子として注目される麻生将豊氏。
麻生将豊氏ってどんな学歴なの?慶應出身って本当?と気になる方も多いのではないでしょうか。
実は麻生将豊氏は、慶應義塾で学んだあと、アメリカ留学や学生起業も経験している人物なんです。
今回は、麻生将豊氏の学歴や経歴、麻生太郎氏の後継者と見られる理由までわかりやすく整理していきます。
- 麻生太郎氏の息子・麻生将豊氏のプロフィール
- 麻生将豊氏の慶應一貫教育とアメリカ留学
- 学生起業やトヨタ勤務を含む経歴
- 麻生グループでの現在の立ち位置
- 麻生将豊氏が後継者候補と見られる理由
どれかひとつでも気になった方は、ぜひ最後までチェックしてみてください!

麻生太郎の息子・麻生将豊のプロフィール

名前:麻生 将豊(あそう まさひろ)
生年月日:1984年12月29日
出身地:福岡県飯塚市
麻生太郎氏の息子・麻生将豊さんは、慶應義塾幼稚舎から慶應義塾大学まで進んだとされています。
大学卒業後は、アメリカ・ミズーリ州のウィリアム・ジュエル・カレッジへの留学経験もあります。
政治家の息子というだけでなく、学生時代から起業や海外留学を経験している点でも注目されています。
麻生太郎の息子・麻生将豊の学歴は慶應一貫!大学卒業後はアメリカ留学も
結論からいうと、麻生将豊さんは慶應義塾幼稚舎から慶應義塾大学まで進み、その後アメリカ留学も経験しています。
麻生将豊さんの学歴は、以下のとおりです。
小学校:飯塚市内の小学校→慶應義塾幼稚舎
中学校:慶應義塾中等部
高校:慶應義塾高等学校
大学:慶應義塾大学
ウィリアム・ジュエル大学
詳しく見ていきましょう。
福岡の小学校から慶應義塾幼稚舎へ転校
将豊さんは、地元・福岡県飯塚市の公立小学校に通っていましたが、小学3年生のときに東京へ引っ越し。
そこで、慶應義塾幼稚舎に編入します。

幼稚舎は、慶應義塾の初等教育機関で、入学難易度が高い学校として知られています。
編入の受け入れ枠も限られるため、福岡から東京へ移ったあとに幼稚舎へ進んだ点は、将豊さんの学歴を見るうえで注目される部分です。
慶應中等部・慶應義塾高等学校・大学と内部進学

幼稚舎卒業後は、中等部・高等部・大学とすべて慶應義塾で内部進学しています。
内部生といえども、成績や素行、出席率などの基準を満たさなければ進級できないのが慶應の方針です。
父・麻生太郎氏の存在もあり、周囲の目も厳しかったはずですが、特に問題なく大学へ進学。
慶應での一貫した学歴は、麻生将豊さんの経歴を見るうえで大きなポイントです。
成績が悪いと進学できません。
将豊さんは、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)に通っていたとされています。

専攻は公表されていませんが、湘南藤沢キャンパスには3つの学部があります。
環境情報学部
総合政策学部
看護医療学部
専攻は公表されていませんが、SFCには環境情報学部・総合政策学部・看護医療学部があります。
将豊さんのその後の経歴から見ると、環境情報学部または総合政策学部の可能性が取り上げられることがあります。
大学時代はバンドのボーカルを務め、渋谷の自宅で100人規模のパーティーを開いたこともあるそうです。
さらに、「有限会社シーリンク」というネットベンチャーを立ち上げ、ドワンゴの開発プロジェクトにも参加。
学生時代から起業やIT関連プロジェクトに関わっていた点は、麻生将豊さんの経歴の中でも目を引く部分です。
アメリカ・ウィリアム・ジュエル・カレッジへ留学

慶應大学卒業後は、アメリカ・ミズーリ州にあるウィリアム・ジュエル・カレッジに留学。
学生数1200人前後の小規模大学で、教授との距離が近く、対話重視の教育で知られています。
この留学期間中には、父・麻生太郎氏の選挙を手伝うために一時帰国。
現地の学びだけでなく、政治の現場にも早くから触れていたことがわかります。

慶應の一貫教育を経て留学や起業にも挑戦しているあたりに、早くから先を見据えた進路選びがあったことが伝わってきます。
麻生将豊の経歴
麻生将豊さんの経歴は、以下のとおりです。
2005年:有限会社シーリンク創立
2012年:トヨタ自動車九州株式会社に入社
2014年:株式会社麻生に入社
2014年:株式会社麻生の監査役に就任
2015年:株式会社麻生の取締役に就任
2018年:麻生商事株式会社取締役社長就任
2023年:日本青年会議所会頭就任
詳しく見ていきます!
ネットベンチャー「シーリンク」設立とドワンゴ参加
将豊さんは慶應大学在学中の2005年、友人と共にネットベンチャー「有限会社シーリンク」を設立。
この会社は、ニコニコ動画を運営するドワンゴの開発プロジェクト「ニワンゴ」にも参加していた実績があります。

現在は「株式会社エクストーン」という社名で存続していますが、将豊さんの名前は現在の取締役一覧には確認できません。
創業メンバーとして立ち上げに関わった実績はあるものの、現在は経営から退いている可能性があります。
とはいえ、学生時代にITベンチャーを起業し、ドワンゴのプロジェクトに携わった経験は、若手政治家として異色の強みと言えるでしょう。
IT分野に関わった経験は、将来の政界入りが注目される理由の一つにもなっています。
トヨタ自動車九州

大学卒業後、アメリカ留学を経て帰国した将豊さんは、2012年にトヨタ自動車九州に就職。
ここでは生産管理の職に就き、2年間ほど現場での経験を積みました。
麻生グループに入る前に大企業で勤務した経験は、その後の経営者としてのキャリアにもつながるものと見られます。
家業「株式会社麻生」へ入社し、数年で社長就任

2014年、将豊さんは家業である株式会社麻生に入社。
すぐに監査役に就任し、翌年には取締役、そして2018年には麻生商事株式会社の代表取締役社長へ。
麻生グループは、学校法人や病院経営、建設資材、ゴルフ場、飲食業など104社を束ねる巨大企業。
30代で代表取締役社長に就任したことは、麻生グループ内で重要な役割を担っていることを示しています。
日本青年会議所の会頭に就任し“麻生二世”本格化?

2023年、将豊さんは日本青年会議所(JCI)の第72代会頭に選出されました。
この団体は、全国の20歳〜40歳の若手経済人・起業家らが社会貢献活動を行う組織で、父・麻生太郎氏も第27代会頭を務めたことで知られています。
父・麻生太郎氏と同じ日本青年会議所会頭を経験したことで、将来的な政界入りを意識する声も出ています。

実業界で経験を積み、日本青年会議所会頭も務めた将豊さんには、麻生太郎氏の後継者候補として注目が集まっています。
麻生将豊は本当に麻生太郎の後継者なのか?

父・麻生太郎氏は高齢となり、引退説がささやかれる中で「息子・将豊が後継者になるのでは?」という声が高まっています。
しかし、2023年の青年会議所会頭就任や、地元・福岡でのイベント登壇など、地固めと見られる動きが複数見られています。
また、将豊さんのSNSやメディア露出も徐々に増えており、後継者候補として見られる機会が増えています。
また、将豊さんの妻・優里子さんの実家は福岡県北九州市で内科クリニックを経営。
この一族も地元で知られる存在とされており、麻生家との結びつきは地域との関係を考えるうえでも注目されています。
さらに、父・麻生太郎氏の盟友である福岡県議・中村明彦氏の夫人が、将豊さんと優里子さんを引き合わせた「仲人役」だったともされ、政界・医療界・経済界とのつながりが注目されています。


知名度・実務経験・地元でのつながりを持つ将豊さんは、今後も麻生太郎氏の後継者候補として注目されそうです。
麻生太郎の息子・麻生将豊に関するよくあるQ&A集
麻生将豊氏については、学歴や現在の仕事だけでなく、麻生太郎氏の後継者になるのかという点も気になるところです。
ここでは、記事内で整理した内容をもとに、よくある疑問をコンパクトにまとめます。
まとめ
麻生太郎氏の息子・麻生将豊氏は、慶應義塾幼稚舎から慶應義塾大学まで進んだとされる、慶應一貫型の学歴を持つ人物です。
大学卒業後にはアメリカ留学も経験し、学生時代にはネットベンチャーの立ち上げにも関わっていました。
その後はトヨタ自動車九州で勤務したのち、麻生グループに入り、麻生商事株式会社の代表取締役社長に就任しています。
さらに、日本青年会議所の会頭も務めたことで、実業界だけでなく政界とのつながりでも注目される存在となりました。
政界入りはまだ明言されていませんが、麻生太郎氏の後継者候補として名前が挙がる理由は十分にあるといえます。


