前衆議院議員で、現在は中道改革連合の宮城県第2区総支部長を務める鎌田さゆり氏。
鎌田氏について調べると、父親と母親がともに自民党宮城県連で働いていたことが分かります。
父親は事務局長、母親は経理担当という、政治と近い家庭で育ちました。
今回は、鎌田さゆり氏の父親や母親、幼少期の家庭環境についてまとめます。

鎌田さゆりの父親は自民党宮城県連の事務局長

鎌田さゆり氏の父親は、渡辺源四郎氏です。
鎌田氏本人のインタビューによると、父親は自民党宮城県連の事務局長を務めていました。
母親も同じ県連で経理を担当しており、鎌田氏は「政治は自民党」という言葉が飛び交う家庭で育ったと振り返っています。
父母ともに自民党県連で働いていたことから、鎌田氏にとって政治は幼いころから身近な存在だったことが分かります。
娘が自民党会派に入らず父親へ批判が向かった

鎌田さゆり氏は30歳で仙台市議になった際、自民党の会派には入りませんでした。
鎌田氏本人によると、そのことで自民党の市議らから、県連事務局長だった父・渡辺源四郎氏に批判が向けられたといいます。

娘一人をコントロールできない

自民党会派に入れることもできない父親は県連の局長にふさわしくない
といった趣旨の言葉も浴びせられたと振り返っています。
さらに、鎌田氏が生協や組合関係者と意見交換した際にも、その行動が父親への批判材料にされたと語っています。
父親は批判が続く中で倒れたと鎌田氏が証言

鎌田さゆり氏によると、父・渡辺源四郎氏への批判はその後も続きました。
鎌田氏はインタビューで、父親が「毎日責められ」、やがて倒れて寝たきりになるまで追い込まれたと振り返っています。
この経験を経て、鎌田氏は自民党とは距離を置く決意を固めたと語っています。
鎌田さゆりの母親は自民党宮城県連の経理担当

鎌田さゆり氏の母親は、自民党宮城県連で経理を担当していました。
鎌田氏本人は、母親について県連の「金庫番」だったと振り返っています。
当時は、宮城県選出の自民党国会議員や県議、市議らの印鑑や通帳を何十本・何十冊もバッグに入れて持ち歩いていたといいます。
父親が県連事務局長、母親が経理担当という家庭で、鎌田氏は幼いころから政治に近い環境で育ちました。
物音がした夜、母親が通帳と印鑑を抱えたエピソード

鎌田さゆり氏は、幼いころの印象的な出来事も明かしています。
家族4人で寝ていたある夜、「ガタッ」と物音がした際、父親はすぐに起き上がり、家族を守ろうとしました。
一方、母親は起き上がると、印鑑や通帳が入ったバッグを抱えたといいます。
鎌田氏は当時、その姿を見て「母にとってはそれほど大事なものなんだ」と感じ、少しショックだったと振り返っています。
母親が県連の経理を担当していたことを象徴する、鎌田氏の記憶に残るエピソードです。
まとめ
鎌田さゆり氏の父・渡辺源四郎氏は自民党宮城県連の事務局長、母親は同県連の経理担当を務めていました。
鎌田氏が30歳で仙台市議になり自民党会派に入らなかった際には、父親へ批判が向けられたと本人が振り返っています。
また、母親が多数の通帳や印鑑を管理していたエピソードからも、鎌田氏が幼いころから政治に近い家庭で育ったことが分かります。
現在は中道改革連合の宮城県第2区総支部長として、国政復帰を目指して活動しています。



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