参議院議員として長く活動している有村治子氏。
「若い頃はどんな人だったの?」「学生時代から政治家を目指していた?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
有村氏は中学3年で全国英語弁論大会2位を経験し、その後はICU、アメリカ留学、日本マクドナルド勤務などを経て、30歳で参議院議員に初当選しています。
今回は、有村治子氏の中学・高校時代から大学、留学、会社員時代、政界入りまでを時系列で紹介します。

有村治子の若い頃は?10代から30歳までを時系列で紹介

有村治子氏は、中学時代の英語弁論大会をきっかけに海外へ目を向け、その後は大学、アメリカ留学、会社員生活などを経験しています。
30歳で参議院議員に初当選するまで、どのような学生・社会人時代を過ごしていたのでしょうか。
若い頃の主な経歴を時系列で見てみましょう。
| 年代・年齢 | 主な出来事 |
|---|---|
| 15歳 | 高松宮杯全日本中学校英語弁論大会で全国2位 |
| 高校時代 | 高校生クッキング選手権に友人と出場し、テレビ番組の決勝へ |
| 大学時代 | 国際基督教大学(ICU)で学び、英語弁論大会の運営にも参加 |
| 大学卒業後 | アメリカのSIT大学院へ留学し、修士課程を修了 |
| 20代 | 日本マクドナルドに入社し、人事本部能力開発促進部で勤務 |
| その後 | 青山学院大学大学院の博士課程で国際経営学を研究 |
| 30歳 | 参議院議員選挙に初出馬し、初当選 |
中学3年で経験した英語弁論大会について、有村氏は後に政治家になる原点だったと振り返っています。
学生時代や20代にどのような経験をしていたのか、順番に見ていきます。
有村治子の中学・高校時代|15歳で英語弁論大会全国2位

有村治子氏の若い頃を語るうえで外せないのが、中学・高校時代です。
特に中学3年で経験した英語弁論大会は、後に本人が政治家になる原点のひとつだったと振り返っています。
中学3年で英語弁論大会全国2位

有村治子氏は中学3年だった15歳のとき、第37回高松宮杯全日本中学校英語弁論大会に出場し、全国2位になっています。
本人は後年、この大会について

15歳の時のあの経験がなければ、政治家になることはなかったと思います。
と振り返っています。
有村氏にとって、世界や社会へ目を向ける大きなきっかけになった経験だったようです。
また、英語弁論大会での経験をきっかけに、指導教員とアメリカを訪れる機会もありました。
その際、母校とミシガン州の高校との姉妹校提携が実現したことも、指導教員によって紹介されています。
高校時代はクッキング選手権で決勝進出

高校時代には、英語弁論大会とはまた違ったエピソードもあります。
有村治子氏は友人と高校生クッキング選手権に出場し、テレビ番組の決勝まで進んだことを本人が語っています。
決勝では母校の近江兄弟社高校を紹介する機会もあり、友人や先生たちと一緒に喜んだ思い出として振り返っていました。
中学時代には英語弁論大会、高校時代には友人とクッキング選手権に挑戦するなど、学生時代からさまざまな活動に参加していたことが分かります。

留学や会社員、大学院での研究を経験してから30歳で国政へ進んだんですね。
最初から政治家一筋ではなかったところも意外でした。
有村治子の大学・留学時代

高校卒業後は、国際基督教大学(ICU)へ進学しました。
大学では寮生活を送りながら英語弁論大会の運営にも関わり、その後はアメリカの大学院へ留学しています。
ICUでは寮生活や英語弁論大会の運営に参加

有村治子氏は、国際基督教大学(ICU)の教養学部社会科学科で学びました。
在学中は第4女子寮で生活し、さまざまな価値観を持つ学生と一緒に過ごしていたと本人が振り返っています。
また、中学時代に出場した英語弁論大会には、今度は運営する側として関わっていました。
大会準備のために読売新聞社へ足を運ぶことも多く、友人から「オフキャンパスの女」と呼ばれていたこともあったそうです。
大学では行政学を学び、卒業論文ではGHQ占領期の広報活動をテーマにしています。
政治に関心はあったものの、この頃から政治家になることだけを目指していたわけではありませんでした。
ICU卒業後はアメリカのSIT大学院へ留学

ICU卒業後、有村治子氏はアメリカ・バーモント州にあるSIT大学院へ進みました。
SITはSchool for International Trainingの略で、有村氏は開発教育や紛争解決などについて学び、1997年に修士課程を修了しています。
こうした留学経験を経た後、有村氏は帰国し、日本マクドナルドへ入社することになります。
有村治子の20代から30歳
アメリカ留学を終えた有村治子氏は、20代後半で日本マクドナルドに入社しました。
その後は大学院で学び、30歳のときに自民党から参議院議員選挙への出馬を打診され、国政の道へ進んでいます。
日本マクドナルドでは管理職向けの研修を担当

有村治子氏は1997年、SIT大学院の修士課程を修了した後、日本マクドナルド株式会社に入社しています。
所属していたのは人事本部能力開発促進部でした。
ICU同窓会の本人取材では、2年間にわたり管理職を対象とした研修システムの構築を担当したと紹介されています。
また、有村氏自身も後に、日本マクドナルドで人材開発に携わり、日米の本社を往復していたと振り返っています。
政治家になる前に、民間企業の人事部門で働いていた時期があったことになります。
大学院在学中の30歳で参院選に初出馬

日本マクドナルド勤務後、有村治子氏は青山学院大学大学院の博士課程で国際経営学を研究していました。
本人も後の国会で、選挙に出る前まで青山学院大学の国際政治経済学研究科で学んでいたと発言しています。
転機が訪れたのは2001年、30歳のときでした。
ICU同窓会の本人取材によると、自民党から参院選の比例代表候補への出馬を打診され、野田聖子氏へ手紙を書いたことをきっかけに話が進んだといいます。
そして同年の参議院議員選挙に初出馬し、比例代表で初当選しました。
中学時代の英語弁論大会を政治家になる原点と振り返る有村氏ですが、学生時代から政治家一筋だったわけではありません。
留学、会社員、大学院での研究を経験した後、30歳で初めて国政選挙に挑戦しています。
まとめ
有村治子氏は、中学3年で全国英語弁論大会2位を経験し、ICU卒業後はアメリカのSIT大学院へ留学しました。
帰国後は日本マクドナルドで人材育成に携わり、その後は青山学院大学大学院で国際経営学を研究していました。
留学や会社員生活、大学院での研究を経験した後、30歳で参議院議員選挙に初出馬し、初当選しています。



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