麻生太郎氏と安倍晋三氏は、政界でも「仲良し」と言われることが多かった名コンビです。

派閥も違うのに、どうしてそこまで信頼し合っていたんだろう?
2人の関係には選挙応援や会食、ゴルフ、弔辞にまで表れた深い親交がありました。
今回は、麻生太郎氏と安倍晋三氏の仲良しエピソードを通じて、2人の関係性をわかりやすく整理していきます。
- 麻生太郎氏と安倍晋三氏が「名コンビ」と呼ばれた理由
- 麻生太郎氏と安倍晋三氏の仲良しエピソード
- 2人が派閥を超えて信頼し合っていた理由
- 安倍政権で麻生太郎氏が重要な役割を担った理由
- 麻生太郎氏の弔辞に込められた思い

麻生太郎と安倍晋三の絆が深い理由

麻生太郎氏と安倍晋三氏は、派閥も経歴も異なる政治家同士です。
麻生氏は宏池会系、安倍氏は清和政策研究会系の政治家で、もともと同じ派閥にいたわけではありません。
それでも2人は、政治理念や政権運営の考え方で重なる部分がありました。
2007年に第一次安倍政権が終わった際には、麻生氏が安倍氏に配慮を見せたと言われています。
一方、2009年に麻生政権が敗れて自民党が野党に転落したときには、安倍氏が麻生氏を支える側に回りました。
そして第2次安倍政権では、麻生氏が副総理兼財務相として長く政権を支えます。
つまり2人の関係は、単なる「仲良し」ではなく、苦しい時期を知る者同士の信頼関係だったといえます。
麻生太郎氏と安倍晋三氏の関係が深かった理由
・派閥は違っても、政治理念に近い部分があった
・互いが苦しい時期に支え合っていた
・第2次安倍政権では、麻生氏が副総理兼財務相として政権を支えた
・私的な親交だけでなく、政権運営でも欠かせない関係だった

政治の最前線で互いを支え合う関係が、長い時間をかけて築かれていったことがわかります。
麻生太郎と安倍晋三の仲良しエピソード7選!
ここからは、麻生太郎氏と安倍晋三氏の仲良しぶりが伝わる実際のエピソードをご紹介していきます。
政治の裏側だけでなく、思わず笑みがこぼれるような場面も確認されています。
① 毎晩通った友情
2009年、支持率が急落した麻生内閣。
当時野党から集中砲火を浴びていた麻生太郎氏を、最後まで支えたのが安倍晋三氏と菅義偉氏でした。
2人は毎晩のように官邸に訪れて激励していたといいます。

諦めないでください

解散はいつやった方が良い
この2人の励ましは、麻生太郎氏の心の支えに。
義理人情を大切にする麻生太郎氏は、後に発足する安倍政権を「最後まで支える」と周囲に語ったといいます。
実際、第2次安倍内閣では、麻生太郎氏が副総理兼財務相として政権を支える立場に就きました。
麻生太郎氏は政権を支え抜き、二人の強固な信頼関係が政権の安定にも繋がりました。

支えてくれた経験が、その後の恩返しにつながる関係性が印象的です。
② 秋葉原でハモった!?2人で「ハッピーバースデー」熱唱

2012年9月20日の自民党総裁選で、麻生太郎氏は安倍晋三氏を街頭応援。
奇しくもこの日が麻生太郎氏の誕生日(9月20日)、翌日が安倍晋三氏の誕生日(9月21日)でした。
そのため、演説会の壇上でお互いの誕生日を祝い合い、2人でアカペラの「ハッピーバースデー」を歌う一幕が。
YouTubeでは27分30秒ころからお祝いしています!
詰めかけた聴衆5000人が爆笑と拍手に包まれ、政界随一の“仲良しペア”ぶりを印象づけました。
公衆の面前で元首相同士が即興で誕生日ソングを歌い合うのは極めて異例。
政界きっての仲良しコンビぶりを示す微笑ましいエピソードとして語り継がれています。

公衆の面前で自然に振る舞える距離感が、関係性の特別さを物語ります。
③ 「麻生さんを守る」発言に見る信頼関係

2015年、自衛隊の集団的自衛権に関する説明中、麻生太郎氏を引き合いに出し、ユニークな例え話をしました。

突然、不良が自分(安倍)を狙って前を歩いていた麻生さんに殴りかかってきたとしよう。この場合は私は麻生さんを守る。今回の法制でそれが可能だ。
と発言。
目の前で友人が襲われれば助けるのは当然だ!という趣旨ですが、比喩とはいえ、わざわざ麻生太郎氏を例に出すあたり、どれほど身近で信頼していたかが伝わるエピソードです。

何気ない例え話に、深い信頼がにじむ瞬間ですね。
④ ゴルフで仲直り?

2016年、増税延期をめぐって一時対立した麻生太郎氏と安倍晋三氏。
安倍晋三氏が麻生太郎氏を長時間かけて説得し、両者は納得の上で政策判断を共有するに至ったといいます。
そして、夏休み期間中に山梨の別荘地でのゴルフに麻生太郎氏を招き、秋の臨時国会に向けて緊密に連携することを改めて確認したと言われています。
その後の臨時国会に向けて強固な連携を築いたことからも、「本音をぶつけ合っても友情は壊れない」関係性がよく分かります。

対立があっても私的な時間で軟着陸できるのは、強い絆がある証拠です。
⑤ 「これからも一緒に」選挙夜の4人会食

2017年の衆院選当日、安倍・麻生・甘利・菅の4人で開催。
選挙戦の疲れをねぎらいながら、「これからも一緒に支えていこう」と確認し合ったと言われています。
実際、安倍政権の要(かなめ)と称された「3A」(安倍・麻生・甘利)+菅のチームワークはその後も健在で、麻生太郎氏は副総理として最後まで安倍政権を支え続けました。
こうしたエピソードからも、一時的な不協和音が報じられましたが水面下でしっかり信頼を確かめ合う二人の揺るぎない盟友関係が浮き彫りになりました。
⑥ 4選を勧めた男

2019年、憲法改正を目指す安倍晋三氏に対し、麻生太郎氏は

やるなら4選も辞さない覚悟で!
と発言。
自民党則では総裁任期は連続3期9年までですが、それを延長してでも安倍晋三氏自身の手で改憲を成し遂げるべきだ、と党内外に提起したのです。
また、派閥も異なる麻生太郎氏が、ここまでの提言をするのは極めて異例。
盟友の“志”を実現してほしいという、深い願いが込められていました。

政策判断を超えた背中を押す力が働いていたように感じます。
⑦ 弔辞であふれた想い

2022年7月、安倍晋三氏の葬儀で麻生太郎氏が友人代表として弔辞を読みました。
麻生太郎氏は弔辞の中で安倍晋三氏との思い出をたどりながら、

よく一緒に飲んだり、ゴルフもしました。
正直申し上げて、あなたが私の弔辞を読むことになっていたんじゃないか。
私がこうして読むのは大変つらい。無念です。
と語るその声は震え、会場は静まり返りました。
さらに麻生太郎氏は「外交でも戦後最も優れた政治家」「信念が絆だった」と安倍晋三氏を称えます。
一方で、「昭恵夫人やご親族のことを温かく見守ってほしい。同志として、また家族ぐるみの付き合いをさせてもらった友人の一人としてお願いする」と述べ、両家族ぐるみの深い親交があったことも明かしました。
昭恵夫人への思いや、家族ぐるみの付き合いにも触れ、長年の親交と、友人としての無念がにじむ弔辞でした。
こうして振り返ってみると、麻生太郎氏と安倍晋三氏の関係は、どんな言葉よりも行動で示されていたと感じられます。
困難な時期には黙って支え合い、節目には笑いを交え、最後は深い別れの言葉で締めくくられました。
2人の信頼関係は、政界で特別視される理由があると感じさせる内容でした。

公人でありながら、一人の友人としての言葉が真っ直ぐに響きましたね。
麻生太郎と安倍晋三の仲の良さについてもっと知りたい!
2人のエピソードを知る中で、「実際どこまで本当に仲が良かったの?」「どんな関係だったの?」と感じた方も多いのではないでしょうか。
ここでは、読者の皆さんが気になりやすいポイントをQ&A形式でわかりやすく解説していきます。
まとめ
派閥も世代も異なる麻生太郎氏と安倍晋三氏。
しかし、数々のエピソードが示す通り、2人の関係は単なる政界の“協力関係”にとどまらないものでした。
支え合い、笑い合い、最後は弔辞で別れを惜しむ…そこには、政治家としてではなく一人の人間としての信頼と友情がありました。
「政界の名コンビ」と呼ばれた2人の絆は、これからも多くの人の心に残り続けることでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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