防衛副大臣や内閣府副大臣を歴任してきた元衆議院議員の宮沢博行氏。
「しゃべるなおじさん」で良くも悪くも有名になりましたよね。
そんな宮沢博行氏は代々政治家の家系ではなく静岡の一般家庭に生まれました。
めちゃくちゃ人の良さそうな宮沢氏ですが、どんなご両親のもとで育ったのでしょうか。
今回は宮沢博行氏の実家の家族について調査しました!

宮沢博行の実家の家族構成

宮沢博行氏の実家の家族構成は、下記の通りです。
父親
母親
本人:宮沢博行
妹
1人ずつ深掘りをしていきましょう。
宮沢博行の父親

宮沢博行氏の父親は土木作業員でした。
宮沢博行氏の父親は土木作業員でした。
宮沢氏は自叙伝の中で、毎日泥と汗にまみれて帰ってくる父親の姿を見て育ち、尊敬していたことを明かしています。
ネットでは「宮沢博行氏の父親は元首相の宮澤喜一氏では?」という噂もありますが、父親は土木作業員であり、宮澤喜一氏とは別人です。
名字が「みやざわ」で共通していることから、検索する人がいるようです。

宮沢博行氏の父親は佐久間町の出身で、婿入りをして静岡県磐田郡龍山村(現在の浜松市)へ移ったそうです。
父親はすでに亡くなっていますが、宮沢氏が小学生の頃は、年末に父親としめ縄作りをしていたそうです。

父親がきっかけで政治家を目指す
宮沢博行氏は中学生の時、祖母から自宅に保管されていた、戦死した親族の遺品を見せてもらったそうです。
そこで国を守りたいと思い、自衛隊への入隊を考えます。
しかし、父親から

ことが起こってから国を守るのではなく、そのこと自体を防ぐ人間になれ!
と言われたことがきっかけで政治家を目指すようになりました。
父親のこの言葉をきっかけに、宮沢氏は自衛官ではなく、政治の立場から国を守る道を意識するようになりました。
宮沢博行の母親

宮沢博行氏の母親は農協職員として働いていました。
宮沢氏は母親から、

楽をして稼ぐ多くのお金より、苦労して稼いだ少しのお金のほうがずっと値打ちがある
と教えられて育ったそうです。
母親はマスコミから電話取材を受けた際にも、息子について率直に答えていました。
母親が取材で率直に語った内容はネットでも話題となり、「正直な人柄が伝わる」「話が面白い」といった声が見られました。
宮沢博行の妹

宮沢博行氏の妹については、一般人のため名前や顔画像は見つかりませんでした。
宮沢氏の母親が取材を受けた際には
政治家を出すような家ではありません。
私自身も勉強が大嫌いでしたし、あの子の妹も勉強が好きではなかった。
言ってみれば、息子は突然変異です。
引用:現代ビジネス
と発言していました。
兄の宮沢博行氏は県立磐田南高校から東京大学法学部へ進学しています。
一方、母親は取材の中で、妹について「勉強が好きではなかった」と語っていました。
母親は取材で、宮沢博行氏について「本音を言えば、私は地元に戻って県庁に勤めてほしかった」とも語っています。
妹の職業や現在の生活については明らかになっていません。
宮沢博行の実家や家族に関するQ&A
宮沢博行氏の実家や家族について、よく検索されている疑問をQ&A形式でまとめました。
まとめ
宮沢博行氏の実家は、父親・母親・本人・妹の4人家族です。
父親は土木作業員、母親は農協職員として働いており、政治家を輩出してきた家系ではありませんでした。
宮沢氏が政治家を目指すようになった理由には、中学生の頃に父親からかけられた言葉が大きく関係しています。
両親から教わった仕事やお金に対する考え方も、宮沢氏の考え方に影響を与えたことがうかがえます。


