助産師として現場経験を積みながら、病気や子育てを経て政治家へと転身した酒井菜摘氏。
その背景には、リアルな当事者としての葛藤と挑戦がありました。
この記事では、酒井氏の出身校や助産師としてのキャリア、政治家としての歩みを詳しくまとめていきます。
- 酒井菜摘氏の出身高校・大学や医療資格について
- 助産師としての現場経験とその後の活動
- 子育てや病気を経験した当事者としての視点
- 政治家を志したきっかけと立憲民主党からの立候補までの経緯
- 現在の活動や注目される政策・発信内容
どれかひとつでも気になった方は、ぜひ最後までチェックしてみてください!

酒井菜摘のプロフィール

名前:酒井 菜摘(さかい なつみ)
生年月日:1986年7月24日
血液型:O型
出身地:福岡市 北九州
在住:江東区塩浜
現職:衆議院議員
選挙区:衆議院 東京15区
所属政党:立憲民主党
資格:看護師・助産師・離乳食アドバイザー
趣味:ヨガ・お菓子作り
福岡県北九州市で三姉妹の次女として生まれた酒井菜摘氏。
28歳で子宮頸がんを乗り越え、不妊治療を経て2017年に長女を出産し母となりました。
助産師としての現場経験と「子育てする母親」としての視点から、多様な家庭の課題に寄り添う政治姿勢を大切にしています。
酒井菜摘の学歴

酒井菜摘氏は、医療と子育ての現場から政治の道に進んだ人物です。
学歴は下記のとおりです。
小学校:不明
中学校:不明
高校:私立自由ヶ丘高等学校看護専攻科
中林病院助産師学院
酒井菜摘氏の出身小学校と中学校は明らかにされていません。
中学時代にはラジオ体操のテストがあったそうで、ラジオ体操を習いテストを受けていたそうで

学生!代ラジオ体操のテストがあった!
と話すと、多くの人がビックリすると語っています。
出身高校は福岡の自由ケ丘高等学校


酒井菜摘氏は、福岡県の自由ケ丘高等学校の看護専攻科を卒業しています。
自由ケ丘高校は、進学実績に定評のある中高一貫校です。
当時から医療の道に進むことを考えていたのか、勉強と部活の両立を意識した真面目な学生だったようです。
看護専攻科は5年一貫教育ですが、看護専攻科は2014年3月に廃科になっています。
酒井氏が通っていた当時は、1学年17クラスのマンモス校だったようです。
そのため、校舎も7階建てと大きく、エレベーターで7階まで行くんだとか!


高校時代の友人には、酒井菜摘氏の名前を取り、自分の子供に「なつみ」と名付けた人も…
当時から、酒井菜摘氏と友人との親密さが伺えますね。



政治家になる人の多くは難関大学出身者が多いですが、
酒井さんのように実務を学んだ専門職出身は貴重な存在ですね。
酒井菜摘の経歴
酒井菜摘氏の経歴は下記のとおりです。
2007年:東京都西東京市の佐々総合病院産婦人科で働き始める
2011年:中林病院助産師学院を卒業
助産師免許を取得
2013年:昭和大学江東豊洲病院に周産期センター・女性外来のスタッフとして勤務
2014年:子宮頸がんの罹患、治療を乗り越えつつ勤務継続
2019年:江東区議選 初当選
2023年:江東区議再選
2023年:江東区長選出馬するも落選
2024年:衆議院東京15区補欠選 初当選
人間総合科学大学通信課程へ編入学
衆議院議員再選
昭和大学江東豊洲病院などで助産師として勤務
酒井菜摘氏は高校卒業後の、地元の福岡から単身上京し産婦人科の看護師として勤務します。


東京西東京市にある佐々総合病院で看護師として経験を重ね、2011年にjさん氏免許を取得しました。


そして結婚を機に江東区へ引っ越し、昭和大学江東豊洲病院などで助産師として勤務します。
命の誕生に立ち会う現場で、多くの家族の喜びや不安と向き合いました。


その中で、医療制度や保育支援の「現場と制度のギャップ」に疑問を抱くように。



産むことも育てることも、自己責任にされすぎている
医療だけでなく、社会全体を変える必要があると強く意識するようになったといいます。
江東区議を経て衆議院議員に初当選


2019年、立憲民主党の公認を受けて東京都江東区議会議員選挙に初出馬・初当選。
働く女性・子育て世代の声を届ける区議として活動を始めます。
区議時代には、保育・教育・医療制度の課題に積極的に取り組み、議会でも注目の存在となりました。
この実績をもとに、2021年の衆議院選挙(比例東京ブロック)で国政に進出。初当選を果たします。
江東区長選では惜敗も、再び国政へ返り咲く


2023年には地元・江東区の区長選に挑戦しますが、惜しくも次点に終わります。
しかし、江東区議としての活動を通じて築いた知名度と支持基盤が、次なる国政復帰への布石となった。
2024年3月、立憲民主党の東京比例ブロックでの繰り上げにより、衆議院議員として国政デビューしました。



「悔しさをエネルギーに変え、弱者に寄り添う政治を続けたい」とコメントしています。
病気・出産・子育て…リアルな体験から政治の道へ
酒井氏が政治を志すようになった背景には、女性としてのライフイベントと、そこからくる違和感がありました。
がんの闘病、不妊治療、子育てとの両立…当事者として経験したからこそ、「制度の限界」に気づき、政治の世界に飛び込む決意を固めたのです。
28歳で子宮頸がんと診断
将来の妊娠・出産にも影響する重大な病気と、真正面から向き合います。
治療の過程では、医療従事者としての知識も役に立ったそうですが、「患者」としての不安や葛藤は計り知れないものだったでしょう。
不妊治療を経て第一子を出産


闘病を乗り越えた酒井氏は、その後不妊治療に取り組みます。
長い治療の末、第一子を授かった経験は彼女にとって人生の転機でした。



命を授かることの重みを心から実感した
と語っています。
妊娠・出産が「当たり前」ではない現実に向き合ったからこそ、今、声をあげられない女性たちの想いを代弁する使命感を強く持っています。
育児と仕事の両立に悩む中で政治への関心が芽生える
その後、育児と看護師としての仕事を両立させながらも、「このままの社会で本当に大丈夫なのか?」という疑問が膨らんでいきます。
夜勤明けに授乳、子どもを抱えて保育園に駆け込む日々。
働く母親のしんどさを痛感したといいます。
その中で、政治や行政に直接関わることで変えていきたいと考えるようになりました。
その想いを胸に、2019年に江東区議会議員選挙で初当選を果たします。



病気や出産、育児といった人生の大きな岐路で困難に直面した「当事者としての視点」が色濃く反映されていますね。
酒井菜摘に関するよくあるQ&A集


子育てや医療の現場で奮闘してきた酒井菜摘氏。
その経験が政治にどう活かされているのか、気になる方も多いのではないでしょうか?
ここでは、学歴や経歴、政治家としての歩みについて、よくある疑問にQ&A形式でお答えしていきます。
まとめ
酒井菜摘氏の学歴や経歴についてお伝えしました。
助産師として命の現場に立ち続けた酒井氏は、自身の病気や子育て経験を通じて「政治の力で変えたい」と強く感じ、政治家への道を志しました。
看護・助産の専門性とリアルな暮らしの声を武器に、今では国政で活躍中。
現場を知る政治家として、女性や子育て世代の声を届け続けています。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。

