現在は山本ジョージの名前で活動している山本譲司氏。
「若い頃はどんな人だったの?」「昔の画像はある?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
山本氏は早稲田大学卒業後に菅直人氏の秘書を務め、26歳で東京都議会議員に初当選しています。
この記事では、山本譲司氏の若い頃の画像や学生時代、秘書時代、20代から30代の経歴について紹介します。

山本ジョージの若い頃の画像|26歳の都議選ポスターも

山本譲司氏の公式サイトには、20代から30代にかけての画像が複数掲載されています。
なかでも目を引くのが、26歳で東京都議選に初出馬したときの選挙ポスターです。
26歳で東京都議選に出馬した頃の画像

1989年の東京都議選に出馬した当時、山本譲司氏は26歳でした。
画像では、スーツ姿に短く整えた髪型の若い山本氏を見ることができます。

この選挙では立川市選挙区から無所属で立候補し、社会党と社会民主連合の推薦を受けて初当選しました。
本人の公式プロフィールでは「史上最年少の26歳での当選」と紹介されており、1993年の都議選でも再選しています。
30代は都議から衆議院議員へ

東京都議を2期務めた山本譲司氏は、1996年に国政へ進みました。
同年10月の第41回衆議院議員総選挙では、東京21区から民主党公認で立候補し、34歳で初当選しています。
公式サイトには、この頃の画像も掲載されており、20代の都議選ポスターとはまた違った雰囲気です。
26歳で都議、34歳で衆議院議員となっているため、若い頃から政治の世界で活動していたことが分かります。
山本譲司の学生時代は?早稲田大学で市民活動に参加
山本譲司氏は佐賀県の高校を卒業後、早稲田大学へ進学しています。
大学時代には海外での支援活動にも関わっており、政治家になる前から社会問題に関心を持っていたことがうかがえます。
三養基高校から早稲田大学へ進学

山本譲司氏は、佐賀県立三養基高等学校を1981年3月に卒業し、早稲田大学教育学部へ進学しました。
大学では社会科社会科学専修で学び、1985年3月に卒業しています。
大学時代から国際的な市民活動に参加

山本譲司氏は、早稲田大学在学中から市民活動に関わっていました。
公式プロフィールでは、ホームレス問題や発展途上国の貧困問題に取り組み、学生時代にはフィリピン・マニラのスモーキーマウンテンでストリートチルドレンを支援したと紹介されています。
その後は東ティモールの民族自決権を求める国際運動で事務局長を務め、1999年には住民投票の監視活動にも参加しました。
大学卒業後は菅直人の秘書になった山本ジョージ

山本譲司氏は早稲田大学を卒業した1985年、菅直人氏のもとで政治の仕事を始めました。
1985年11月から1989年6月まで約3年半、菅氏の秘書を務めています。
公式プロフィールによると、大学卒業後は政策スタッフとなり、その後は公設秘書を務めました。
大学を卒業したばかりの20代前半から国政の現場で経験を積み、1989年には自身が東京都議選へ立候補しています。
37歳で逮捕され山本ジョージは議員辞職

20代で都議、30代で衆議院議員となった山本譲司氏ですが、37歳だった2000年9月に秘書給与をめぐる事件で逮捕されました。
山本氏は2000年9月4日に詐欺容疑で逮捕され、同月8日に衆議院議員を辞職しています。
その後、2001年2月に東京地裁で懲役1年6か月の実刑判決を受け、服役しました。
若くして都議、衆議院議員と当選を重ねてきた山本氏にとって、政治家としての活動がここでいったん途切れることになります。
山本譲司の若い頃に関するQ&A
山本譲司氏の若い頃について、気になりやすい疑問を簡潔にまとめました。
まとめ
今回は、山本譲司氏の若い頃について紹介しました。
山本氏は早稲田大学時代から社会問題に関わり、卒業後は菅直人氏の秘書として政治の現場に入っています。
その後は26歳で東京都議会議員、34歳で衆議院議員に初当選し、若い頃から政治家として活動していました。
公式サイトには20代から30代の画像も掲載されており、現在とはまた違った当時の姿を見ることができます。



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