村岡嗣政のwiki学歴経歴|宇部高校出身で裁判沙汰になったセンチュリー事件とは?

村岡嗣政の学歴経歴に関する記事のアイキャッチ画像

東京大学経済学部卒業後、自治省(現・総務省)で全国各地の地方行政を経験し、42歳で山口県知事に就任した村岡嗣政氏。

村岡嗣政氏がどのような道をたどって山口県知事に就任したのかを整理します。

この記事でわかること
  • 村岡嗣政氏の学歴と学生時代のエピソード
  • 総務省で積み重ねた地方行政の実務経験
  • 42歳で山口県知事に就任するまでの経緯
  • 知事就任後に話題となったセンチュリー問題の経緯

どれかひとつでも気になった方は、ぜひ最後までチェックしてみてください!

目次

村岡嗣政のプロフィール

村岡嗣政のプロフィール
村岡嗣政のプロフィール

名前:村岡 嗣政 (むらおか つぐまさ)

生年月日:1972年12月7日

出身地:山口県宇部市

最終学歴:東京大学経済学部

前職:国家公務員・総務省自治財政局財政課財政企画官

趣味:読書、ランニング(下関海峡マラソン2019を3時間台で完走)

村岡嗣政の学歴

村岡嗣政の学歴

村岡嗣政氏の学歴は

小学校:宇部市立西岐波小学校
中学校:宇部市立西岐波中学校
高校:山口県立宇部高等学校
大学:東京大学経済学部

となっています。

地元の宇部市立西岐波小学校西岐波中学校で学び、その後山口県立宇部高校に進学します。

山口県立宇部高校の外観

宇部高校は大正8年(1919年)に創立され、100年以上の歴史を持つ伝統校です。

 山口県内でもトップクラスの進学校として知られており、東京大学をはじめとする難関大学への進学実績が高いです。

高校時代の村岡氏は、かなりアグレッシブな学生だったようです。

音楽好きが高じてプリンスに憧れてバンドを組んで、青春を謳歌しました。

2年生の時には生徒会長を務め、リーダーシップを発揮していました。

高校時代は文武両道の生徒だったそうです。

高校卒業後は、東京大学経済学部に進学しました。

生徒会長とバンド活動を両立していたことから、高校時代から多面的な活動を行っていたことがわかりますね。

村岡嗣政の経歴

村岡嗣政の経歴

村岡嗣政氏の経歴は、下記の通りです。

1996年4月:自治省(現・総務省)入省
2002年8月:広島市財政課長(30歳で就任)
2005年4月:総務省自治行政局自治政策課課長補佐
2006年〜2007年:高知県で市町村行政・財政を担当
2008年〜2012年:総務省自治財政局で財政政策を担当
2014年1月:総務省退官
2014年:山口県知事に初当選(以降、2018年・2022年の知事選で再選し3期目)

それでは、詳しく見ていきましょう。

自治省へ入省

1996年4月、地方行政のスペシャリストを目指して自治省(現在の総務省)に入省しました。

ここから、村岡嗣政氏の官僚時代の歩みを見ていきます。

自治省では本省勤務の傍ら、北海道庁、高知県庁、広島市役所と、全国各地で実務経験を積んでいきます。

2002年8月には広島市の財政課長として、厳しい財政状況に直面する政令指定都市の舵取りを任されます。

厳しい財政強強のイメージ画像

当時、まだ30歳という若さでの重責でした。

その後、2005年には総務省自治行政局自治政策課課長補佐に就任します。

全国の自治体政策の最前線で、様々な課題解決に取り組んだ経験は、後の知事としての仕事に大きく活きることになります。

2006年からは高知県で要職を歴任します。

高知県のイメージ画像

最初は市町村振興課長として県内市町村との調整役を務め、翌年からは財政課長として県の財布を預かる立場に就きます。

2008年7月には総務省自治財政局調整課課長補佐に転じ、2012年4月からは同局財政課財政企画官として、全国の自治体の財政運営に深く関わっていきました。

全国各地を飛び回り、多忙な業務に携わっていた様子がうかがえます。

山口県知事

村岡嗣政は2014年に山口県知事に就任

2014年、村岡嗣政氏は故郷・山口県の県政を担う立場へと進みます。

自治省で培った実務経験を背景に、42歳で知事選に挑戦し、現在まで県政運営に携わっています。

知事就任までの経緯

2014年、当時の山口県知事・山本繁太郎氏が健康上の理由で辞職することになります。

村岡氏はこの機を受け、総務省を退官し、知事選への出馬を決断しました。

村岡嗣政の初当選

選挙戦では自民党・公明党・連合山口の推薦を受け、28万6996票を獲得して初当選。

その後も2018年、2022年の知事選で再選を果たし、現在は3期目を務めています。

県政運営と主な実績

知事就任後は、財政健全化と人口減少対策を県政の重要課題に位置づけてきました。

財政面では、2期8年で県の借入金残高を約700億円圧縮する成果を上げています。

コロナ禍においては、自身の期末手当を全額カットし、県民と負担を共有する姿勢を示しました。

この対応は、危機下での判断として注目を集めました。

人口減少・子育て・教育への取り組み

妊婦体験をする村岡嗣政

人口減少への対応として、AIを活用した24時間子育て相談や、企業と連携した子育てパスポート制度を導入

子育て世帯への支援策を中心に、独自の施策を進めています。

教育分野では「やまぐちスマートスクール構想」を掲げ、1人1台のタブレット端末導入を推進。

学習環境の整備を通じて、教育改革にも力を入れています。

リーダー像と姿勢

村岡氏は自身の強みを「人の話をよく聞くこと」と語っています。

職員との対話では現場の声を重視し、対話を通じた県政運営を心がけています。

座右の銘は、吉田松陰の「志を立ててもって万事の源となす」。

理想のリーダー像として、

  • 現状と課題を見定める力
  • 先を見通す力
  • 決断し実行する力
  • 理解と納得を得る力

の4つを重視しています。

数字や行動で示すタイプの知事なんだなと思えてきます。

村岡嗣政とセンチュリーの関係は?

実は、村岡氏をネットで検索すると「センチュリー」というワードが出てきます。

村岡嗣政の予測ワードスクショ

これは、山口県が公用車としてトヨタ・センチュリーを購入したことに関する一連の出来事が背景にあります。

トヨタのセンチュリー

山口県は2020年、皇族や外国大使の来県時に使用する貴賓車として、約2,090万円でセンチュリーを購入しました。

しかし、この車両選定をめぐり、元県職員が

より安価な車を選ぶ余地があった

として、知事を相手取る住民訴訟を起こします。

一審の山口地裁では、歳出削減の検討が十分でなかったとして、購入を違法と判断する判決が出されました。

その後の控訴審となる2025年1月10日の広島高裁判決では、

皇室や外国要人への敬意を示す目的は妥当であり、購入価格も不当に高額とは言えない

として、一審判決が取り消されています。

なお、購入されたセンチュリーは貴賓車として使用されたのは7日間のみで、その後は主に県議会議長の送迎などに使用されているとされています。

このような経緯から、「村岡嗣政氏=センチュリー」という連想が生まれたものの、村岡嗣政氏個人が日常的に使用している車ではありません

公用車の話題だけが独り歩きしていた印象がありましたが、経緯を整理して読むと実態がだいぶ違って見えてきますね。

村岡嗣政の学歴や経歴に関するQ&A

経歴がかなり幅広い村岡嗣政氏ですが、要点だけ知りたい人も多いですよね。

ここでは、本文の内容をもとに気になりやすい点を整理します。

村岡嗣政氏の出身地と年齢は?

村岡嗣政氏は1972年12月7日生まれで、山口県宇部市出身です。

村岡嗣政氏の最終学歴は?

東京大学経済学部を卒業しています。

村岡嗣政氏はどんな官僚経験を積んできましたか?

自治省に入省後、北海道、高知、広島など全国各地で地方行政の実務を経験しています。

村岡嗣政氏が山口県知事になったのはいつですか?

2014年に初当選し、2022年の知事選で3選しました。

村岡嗣政氏と「センチュリー」の関係は?

山口県が公用車として購入したもので、村岡嗣政氏個人が乗っているわけではありません。

まとめ

山口県知事・村岡嗣政氏の学歴や経歴についてお伝えしました。

行政のプロフェッショナルとして培った経験と知見を活かしながら、故郷・山口県の発展に全力を注ぐ村岡氏。

今後、山口県政でどんな判断を重ねていくのかが注目されています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

はじめまして、青木さとみです!
 
沖縄在住の歯科衛生士です。
気になった政治家の情報について
お伝えしていきます。

目次