花角英世のwiki学歴経歴|県立新潟高校出身で司法試験落ちたエリート官僚!

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新潟県知事として手腕を振るう花角英世氏。

東大卒のエリート官僚として知られる花角氏ですが、実は人生の転機となる挫折も経験しています。

司法試験の不合格から一転、国家公務員として活躍の場を広げてきました。

今回は、知られざる花角氏の学歴や経歴について調査していきます。

この記事でわかること
  • 花角英世氏のプロフィール
  • 小学校3回転校を経験した生い立ちと、中学〜高校〜東大法学部という学歴
  • 司法試験不合格という挫折と、運輸省入省へ進む転機
  • 国鉄改革・外務省勤務・観光庁・航空局長などの官僚としての主な経歴
  • 副知事・海上保安庁次長を経て新潟県知事に就任し、現在の県政での取り組み

どれかひとつでも気になった方は、ぜひ最後までチェックしてみてください!

目次

花角英世の学歴

花角英世の学歴

花角英世氏の学歴は

小学校:新潟県佐渡郡金井町立金井小学校 入学
    新潟県新潟市立明台小学校 転入
中学校:新潟大学教育学部附属新潟中学校
高校:卒業新潟県立新潟高等学校
大学:東京大学法学部第1類(私法コース)

となっています。

小学校

花角英世は金井小学校に入学
金井小学校

花角英世氏は、1965年に新潟県佐渡郡の金井町立金井小学校に入学します。
 
そして、1969年に新潟市立明台小学校に転校しています。

父親が日本電信電話公社の技師で転勤が多く、小学校時代に3回転校を経験しました。

もう1校が、どこの小学校なのかわからず、卒業した学校についてはわかっていません。

この転校の経験は、後の官僚生活での環境適応力に活きることになりました。

幼少期の転校経験が、花角氏の環境適応力や視野の広さの土台になっていると感じます。

新潟大学教育学部附属新潟中学校

花角英世は新潟大学附属中出身

花角英世氏は、新潟大学教育学部附属新潟中学校の出身です。

新潟県新潟市中央区にある国立の中学校で、新潟大学教育学部の附属校として、教育実習や研究が行われています。

そのため、教育熱心な先生が多く、最新の教育方法が導入されています。

中学入試があるため、生徒の学力レベルは全体的に高く、学習意欲も高いです。

附属高校がないため、生徒の多くは、県立新潟高校をはじめとする県内の公立高校に進学します。

研究校特有の刺激的な環境で、多角的な物事の捉え方が磨かれたのではないでしょうか。

新潟県立新潟高校

花角英世は新潟高校出身

中学卒業後、県内屈指の名門・新潟県立新潟高校に進学します。

新潟高校は偏差値71-73を誇る県内トップの進学校でした。

毎年、東京大学、京都大学をはじめとする難関国公立大学への合格者を多数輩出しています。

医歯薬系学部や理工系学部への進学を希望する生徒を対象に、高度な理数系教育を行っており、2年次からは医歯学コースを選択できます。

高校時代はバドミントン部に所属しますが、周囲の実力の高さに圧倒され1年で退部するという経験も。

主な卒業生には

  • 吉田茂(元内閣総理大臣)
  • 田中角栄(元内閣総理大臣)
  • 渡辺謙(俳優)

がいます。

著名な卒業生が多く、学校のレベルの高さがうかがえます。

優秀な仲間に囲まれた日々が、学力だけでなく競争の中での冷静さも育てていった印象です。

東京大学法学部第1類

花角英世は東大出身

花角氏は、1977年に東京大学法学部への進学を果たします。

大学時代は当初、弁護士を目指していました

しかし、旧司法試験に挑戦するも不合格となり、大きな挫折を味わうことに。

この挫折が、人生の大きな転換点となっていきます。

それでは、大学卒業後について見ていきます!

司法試験の挫折を前向きに転換した選択は、花角氏のキャリア全体を象徴しているように見えます。

花角英世の経歴

花角英世の経歴は?

花角英世氏の経歴は

1982年:運輸省(現国土交通省)入省
1986年:国鉄改革実施対策室係長
1987年:国鉄改革推進部生産業務指導課専門官
1988年:地域交通局総務課補佐官
1990年:航空局管制保安部保安企画課補佐官
1991年:海上交通局海事産業課補佐官
1994年:外務省在イタリア日本国大使館一等書記官
1999年:二階俊博運輸大臣秘書官
2008年:国土交通省総合政策観光政策課長
2008年:観光庁総務課長
2011年:大阪航空局局長
2012年:国土交通省大臣官房審議官
2013年:新潟県副知事就任
2015年:海上保安庁次長就任
2018年:新潟県知事就任(2期目)

となっています。

運輸省時代

花角英世は大学卒業後、運輸省に入省

司法試験の不合格をきっかけに進路を変更し、1982年に運輸省(現・国土交通省)へ入省します。

入省後は、国鉄改革実施対策室係長として国鉄の分割民営化に携わるなど、重要な仕事を任されます。

1986年には、国鉄改革実施対策室係長として抜擢されました。

国鉄の分割民営化という歴史的な改革に、若手官僚として参画したのです。

その後も、観光庁総務課長や大阪航空局長など、要職を歴任していきます。

特に1999年には、二階俊博運輸大臣の秘書官として重要な役割を担いました。

極めてエリート性の高い経歴であることがわかります。

交通行政から観光まで幅広く経験した点は、知事としての政策判断の厚みに直結しているのでしょう。

副知事時代

花角英世は2013年新潟県副知事に就任

2013年、花角氏は新潟県副知事に就任します。

これが、後の知事就任への布石となっていきました。

副知事時代には、新潟空港への格安航空会社(LCC)・Peach Aviationの就航に尽力します。

大阪航空局時代の経験を活かし、地域の空の玄関口を活性化させたのです。

海上保安庁次長を経て知事へ

花角英世2018年に新潟県知事に就任

2015年からは海上保安庁次長として、新たな分野でも手腕を発揮します。

そして2018年、米山隆一知事の辞職に伴う新潟県知事選に出馬を決意します。

自民党、公明党の支持を受け、初の知事選に挑戦した花角氏。

初当選を経て、新潟県政の舵を取る立場へ進みました。

2022年の知事選でも再選を果たし、現在2期目の任期を務めています。

知事就任後は「住んでよし、訪れてよし!の新潟県」をスローガンに掲げています。

防災・減災対策の推進や医師不足解消、企業誘致など、様々な課題に取り組んでいます。

特に、民間スタートアップ拠点を県内8箇所に整備するなど、新たな産業育成にも力を入れています。

県内外の経験が融合し、地域の課題を俯瞰できる視点を持つ知事像につながっているように感じます。

花角英世のプロフィール

花角英世のプロフィーrh
花角英世のプロフィール

名前:花角 英世(はなずみ ひでよ)

生年月日:1958年5月22日

出身地:新潟県佐渡市(旧佐渡郡金井町)

最終学歴:東京大学法学部第1類

前職:国家公務員・新潟県知事

趣味:街歩き、山歩き

花角氏は、佐渡島で生まれ育ちました。

幼少期は空き地で野球をして遊ぶ、どこにでもいる普通の少年だったといいます。

子供の頃の夢は、当時テレビで見たベトナム戦争の報道に影響を受け、ジャーナリストだったそうです。

父親の転勤が多かったため、小学校は3回転校をしています。

現在の趣味である街歩きでは、北前船文化の跡地や長岡の摂田屋などを巡るのを好んでいます。

性格は楽天的で穏やかな人柄として知られ、敵を作らない対応力の高さが特徴です。

妻の田枝さんは、一度も人の悪口を聞いたことがないそうと語っています。

子供は娘が2人で、共に結婚して子供がいます。

次女は現在、ベトナムに住んでいますが、選挙の時には帰国し手伝いをしてくれるほど、家族の中は良好のようです。

花角英世氏の学歴・経歴に関するQ&A

花角英世氏の学生時代、官僚としての歩み、そして知事就任までの流れについて、読者から寄せられやすい疑問をまとめました。

花角英世氏はどこの出身?

新潟県佐渡市(旧佐渡郡金井町)の生まれです。

学歴は?

金井小→明台小→(もう1校)→新潟大附属新潟中→新潟高校→東京大学法学部です。

司法試験に落ちたって本当?

はい、旧司法試験に不合格となり、その経験が官僚への進路転換につながりました。

官僚時代はどんな役職を歴任した?

国鉄改革室、外務省一等書記官、観光庁総務課長、大阪航空局長など多岐にわたります。

どうやって知事になったの?

2013年に副知事を経験し、2018年に新潟県知事選で初当選。現在は2期目です。

まとめ

花角英世氏の歩みは、挫折を乗り越えて自分の道を切り開いていった軌跡と言えます。

司法試験の不合格という挫折が、かえって人生の可能性を広げることになりました。

地方行政から中央省庁まで、幅広い経験を持つ花角氏だからこそ、新潟県の未来を託されているのでしょう。

これからも、その豊富な経験を活かした県政運営に期待が寄せられています。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして、青木さとみです!
 
沖縄在住の歯科衛生士です。
気になった政治家の情報について
お伝えしていきます。

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