元石川県知事の馳浩氏。
元プロレスラーや文部科学大臣という異色の経歴でも知られています。

家族はどんな人?
元妻がいるって本当?
今回は、妻・高見恭子氏や娘・鈴音さん、元妻との関係について紹介します。

馳浩の妻は高見恭子!馴れ初め・現在の夫婦関係は?

馳浩氏の現在の妻は、タレントとして活動してきた高見恭子氏です。
本名:馳 恭子(はせ きょうこ)
生年月日:1959年1月5日
出身地:東京都
高見恭子氏は1990年に一般男性と結婚しましたが、同年中に離婚しています。
その後、衆議院議員を務めた松浪健四郎氏の紹介で馳浩氏と知り合いました。
紹介の翌日に高見氏の母親が亡くなり、その葬儀を馳氏が手伝ったことなどをきっかけに距離が縮まったとされています。
馳氏は和歌を添えた手紙を送るなどして交際を続け、1995年3月に結婚しました。

2015年には「いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。
馳浩と高見恭子の現在の関係は?
高見恭子氏が近年、馳浩氏の選挙活動などで表立って姿を見せなかったことから、ネット上では夫婦関係を気にする声もあったようです。
ただし、馳氏本人は、高見氏が選挙活動に関わらなくなった経緯について説明しています。
馳氏が初めて選挙に出馬した際、高見氏も「馳をお願いします」と応援活動をしていました。
ところが、その様子がテレビで放送された後、高見氏が出演していた番組を降板することになったといいます。
そのため馳氏は、高見氏に「選挙に関わらなくていい。負けたら俺の責任だから」という趣旨の言葉を伝えたと明かしています。
つまり、高見氏が選挙の場にあまり姿を見せないことについて、馳氏本人から説明がされているということです。
今回確認した公開情報では、二人が離婚したとする発表や確かな報道は確認できませんでした。
馳浩の娘・鈴音はどんな人?年齢・職業・父娘関係

馳浩氏と高見恭子さんの間には1997年生まれの一人娘・鈴音(りおん)さんがいます。
今夜は、1日早く、娘のお誕生日会、
24歳か、おめでとう㊗️ございます。
引用元:はせ日記
馳氏は2021年12月10日のブログで、「1日早く娘のお誕生日会」「24歳」と記しています。
この記述から、鈴音さんは1997年12月11日生まれとみられ、2026年には29歳を迎える計算になります。
鈴音さんは父親のYouTube配信にも登場したことがあります。
また、2022年の石川県知事選では、勤務先の有給休暇を取得して父親の応援に参加したことも明かされていました。
当時の情報では、都内の一般企業に勤務しているとされています。
高見恭子氏のブログにも母娘で過ごす様子がたびたび登場しており、洋服を共有するエピソードなども紹介されてきました。
馳氏も、娘に対して頭ごなしに怒らないことや、学校行事にできるだけ参加してきたことなどを語っています。
馳浩の元妻は仁美さん|離婚理由や結婚生活とは?
馳浩氏には、高見恭子氏との結婚以前にも結婚歴があります。
最初の妻は、サンボ指導者として知られるビクトル古賀氏の長女・仁美さんです。

仁美さんは高校時代にアフガニスタンへ留学し、英語やペルシャ語を学んだとされています。
二人が知り合ったのは1989年。
当時、馳氏は旧ソ連でサンボの修行をしており、その指導者の一人がビクトル古賀氏でした。
その縁で仁美さんと知り合い、1990年3月31日に東京の京王プラザホテルで結婚式を挙げています。
その後、二人は離婚しました。
具体的な離婚時期や離婚理由については、公表された確かな情報を確認できません。
馳氏は1995年3月に高見恭子氏と結婚しているため、それまでに仁美さんとの婚姻関係は終了していたことになります。
馳浩のプロフィール

名前:馳 浩(はせ ひろし)
生年月日:1961年5月5日
出身地:富山県小矢部市
身長:183cm
血液型:A型
主な経歴:元プロレスラー・元衆議院議員・元文部科学大臣・前石川県知事
馳浩氏は1961年5月5日、富山県小矢部市に生まれました。
小学3年生のときに石川県金沢市の家庭へ養子に迎えられ、その後は金沢で育っています。
プロレスラーとして活躍した後に政界へ転身し、参議院議員や衆議院議員、文部科学大臣などを歴任。
2022年には石川県知事選で初当選しました。
2026年3月の知事選では再選を目指しましたが、山野之義氏に敗れ、3月26日に任期満了で退任しています。
まとめ
馳浩氏の妻や娘、元妻など家族について紹介しました。
現在公表されている妻は高見恭子氏で、1995年に結婚し、一人娘の鈴音さんがいます。
それ以前にはビクトル古賀氏の長女・仁美さんとの結婚歴がありましたが、離婚時期や理由の詳細は公表されていません。
馳氏は2022年から石川県知事を1期4年務め、2026年3月26日に退任しています。
元プロレスラー、国会議員、文部科学大臣、石川県知事と多彩な経歴を持つ馳氏ですが、家族についても本人のブログなどからさまざまなエピソードが伝えられています。


